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無料で依頼された原稿に本気になって書きましたw



■デザイン・制作としての「やりがい」
webデザイン、グラフィックデザインを実務としていた時は、営業スタッフとのやりとりで「やりがい」を感じました。
仕事をとってきてくれる営業さんは、どうやったら売れるのかを本気で考えています。契約出来て初めて仕事になるので、一緒に作戦を練ります。
時には「それでは売れる要素がない」とか怒られたり、「そんな理解力では売れるものも売れない」とか怒ったりして、より緻密な計画を立てます。
その後、営業さんが商談から帰ってきて、笑顔で「契約できたよ!」っていう言葉が、生きてて良かったと思うくらい「やりがい」になります。

■編集、ライターとしての「やりがい」
中国上海で日本人向けのビジネス誌の編集をしていたとき、月曜〜金曜、朝の8:00から翌2:00までひたすら取材と原稿制作をしていました。書いても書いても締切りに追われる日々。
書いた文章さえ、編集長からダメ出しをもらい、書き直します。
果たしてこの作業は自分の人生に必要なことなのかと、自問自答していました。
編集スタッフがヘトヘトになって毎月発行される雑誌を手にとった瞬間も「やりがい」を感じましたが、別の取材をしているときや、名刺交換したばかりの方から、「おたくの雑誌毎月楽しみにしてるよ。このページ好きだよ」と、一生懸命作っているものを「楽しみにしている」と言われた時は、それまでの辛さが全部「やりがい」になりました。

■カメラマンとしての「やりがい」
ボクはプロカメラマンとしての機材を揃えていないので、撮影できるカットは限られてしまいますが、たまに名指しで仕事がきます。
「君に撮って欲しいから頼むよ」っていう言葉で、「絶対良い写真を撮るぞ!」という「やりがい」になります。
どうしてもボクの機材で撮影できない場合は、外注でカメラマンを雇い、「このクライアントはこういうニュアンスが欲しいから、こうやって撮ってね」と、さらに完成度の高い写真を撮影してもらい、鼻高々に納品するのも「やりがい」です。

■営業としての「やりがい」
ボクは根っからの営業ではなく、制作畑の営業活動なので、間違ったことが多いかもしれません。
ボクは商談で、これを実現させたらどれだけ「楽しい」のかを伝えます。
話を聞いてくれている方が、その楽しさを想像して「あなたの会社で作ったら、楽しいものができるかもしれない」という気持ちになって、のめり込んで質問される瞬間が「やりがい」です。

■経営者としての「やりがい」
起業したての新米経営者なので、何年も経営に携わっている方からすると、ボクの今の状況は手にとるようにわかるらしいです。
「お前を見ていると、自分の若い頃をみているようだ」とか、
「君に仕事頼んでいる意味がわかるか?」とか言われて仕事をくれます。
はっきり言って涙がでます。
商談中に、ボクはひた隠しにしていますが、喉から手が出て数字を掴もうとしています。
結果的に相手から見て、ボクがひた隠している部分は赤裸々に出ているんです。
お客様が支えてくれている。
今後成長して、ボクと繋がってくれる人に対して、同じような繋がりを作りたいと思います。それを実現することが「やりがい」です。


長文になりすいませんでした。
自分の日記を読み返した。

ここではないんだけど、ブログは2004年から書いてて、ホームページを2002年くらいに開設してました。

自分のホームページを作ったときに名前をつけようと考えたんだ。
25歳の時だな。

インターネットは世界の裏側の人とも、隣のパソコンとも同じように繋がる。
それがスゴいと思ったんだ。誰とでもリアルに会話ができる。

遠くの親戚より近くの他人。

どうせ赤裸々になってしまうのだから、等身大の自分で行きたいと思ったんだ。

ホームページにつけたタイトルが「生活の友だち」。
そのうちキャラクターを作りたくなって、できたのが「せいかつくん」。

だからいまでも「せいかつくんジャーナル」なんだよね。


昔の日記を読み返していると、
器の小さい自分が、どうでもいい話をしていたり、
今は忘れていた感覚を持っていたり、
昔の楽しい一面を思い出させてくれたり、
意外とたのしいなと思ったよ。
書いてて良かった。

自分がなりたいと思ってて忘れていた目標や、
ボロボロ取りこぼしている無様なことが、
ほんとに赤裸々に感じるんだ。

自分が思い描く「楽しさ」の根本的な部分が、
再認識できた気がします。

今自分が勝手に感じてしまっている自己意識が、
かなり削ることができるよ。

ちょっと嬉しかったです。
自分が何かするときに、右肩と左肩に、
天使と悪魔がいるっていう例えは聞いたことがある。

「エゴの悪魔」と「協調性の天使」だったり、

「守りの悪魔」と「攻めの天使」だったり、

「ヒキコモリの悪魔」と「アクティブな天使」だったり。

ひとそれぞれ。


自分のなかで二者択一するのは自分。

悩むだけ悩めばいい。

選んだほうが自分の人生。
それを楽しむことが大切。




社会にでると、外でも「天使」と「悪魔」がいる。

それは自分の世界ではないから、判断がむずかしい。



それは「良い顔をしている悪魔」なのか、

「怖い顔した天使」なのか。


でも結局、選択していかなければいけない。

ボクはここ1年、天使にも会えたし、悪魔とも遭遇した。

悪魔だと自分が判断したら、付き合ってはいけない。

悪魔と付き合っていると、
自分も悪魔になってしまうか、
まわりから、自分が悪魔だと思われてしまうから。


せっかくやりたいことをやっているんだから、
やりたいことをしよう。


「天使」と「悪魔」は、どんな環境にも存在する。

それをどうやって判断するかで、自分の将来に繋がるんだ。

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